ウズベキスタンの旅6日目はブハラからヒヴァへ移動します。ヒヴァまで行くには直近のウルゲンチまでさらに列車で行くことができますが、そこからヒヴァまでの移動を考えると、ここからは車で行くことが現実的です。バックパッカーであれば大体乗合タクシーで移動するようですが、中年サラリーマンは効率重視でカーチャーターを選択します。というか、旅行会社がちゃんと手配してくれています。今回は辺境の地に行くのに、いつもより楽ちんなくらいです。
6日目午前(ブハラからヒヴァへ移動)
ヒヴァまで7時間のドライブに出発
本日は車でヒヴァへ移動です。ピックアップは朝8時。朝は割と早めに起き、ホテルの周囲を散歩してブハラの街の見納めをします。朝食を早めに食べてホテルのロビーで待っていると、子連れのおっちゃんがやってきて「Mr.○○?」とたずねてきます。なぜ子連れなのだろうと思っていると、今日のドライバーさんは本業は学校の英語教師で、今日は学校が休日なので副業にドライバーをやっているとのこと。なので、息子も学校が休みなのでヒヴァを見せてやりたいから同乗させてもよいか?とたずねてくるので、返答はもちろん「Sure」です。車に案内されると、ほぼ新車のシボレーのSUVです。ぼろいタクシーを想像していたのでラッキーです。
ここブハラからヒヴァまでは噂では7時間くらいとのこと。結構な悪路らしいとの情報で一応覚悟はしていました。街のはずれでいったん給油でストップして以降、ずっと古い舗装路が続きスピードが出せません。
ドライバーは英語教師だというだけあってそこそこ英語がうまく、私のつたない英語ではところどころ意味がつかみきれませんが、そんなことは気にしないのか逆に気を遣っているのか陽気にしゃべり続けます。やはり車が自慢なのか、「この車を日本で買えばいくらくらいする?」とか「お前はどんな車を持っているんだ」とか聞いてきます。聞けばこのシボレーはアメリカの会社が国内に工場を建てて経営していたが、撤退してしまい、その後はウズベキスタンの企業が経営しているとのこと。なので「メイドインウズベキスタンだ」と言ってました。なので現在ウズベキスタンは自動車の輸出国でもあるようです。
と、思っていたらドライバーは再び給油スタンドらしきところに車を止めます。さっき給油したばかりなのに、、、、と思っていたら、そこにはMETAH(METAN)と書かれています。先ほどのはガソリンスタンドで、ここはガススタンドすなわちガソリンではなくガスを補給するところのようです。「ここには運転者以外は入れないんだ」ということで、私は息子さんと一緒にボール遊びしながらガス補給が終わるのを待ちます。戻ってきたドライバーに「この車は一体ガソリンとガスのどちらで動いてるんだ?」と聞くと「両方だ」と言います。「バイフューエル」と言ってましたが、ガソリンとガス(天然ガス)の両方を燃料とすることができるそうです。ウズベキスタンでは天然ガスの埋蔵が近年確認され、盛んに輸出をしているらしく、ガソリンよりもガスの方が安価なのでこういったバイフューエルの自動車が多くあるそうです。
このガス補給が済んだ後、道路状況は急に良くなります。ドライバーは「グッドロード」と言ってましたが、中国が道路整備に乗り出しているようです。砂漠の中にプレキャストコンクリートの路盤を置いただけの道路ですが、今までの道路よりはるかに走りやすくスピードも出せます。
ドライブインでサモサの昼食
途中、お昼過ぎになったので昼ご飯を食べようということになりドライブインに入ります。ドライバーがお約束というようにサモサ(という名前だったかどうかは忘れた)を息子の分と合わせて3つオーダーします。そのサモサは路上の鉄板の上に乗せたままで、上に鉄の蓋がかぶせてあるところから持ってきますので、ホカホカです。中身は羊肉のソースです。というか、こんな炎天下に食べ物を出しておいていいんかと思い、一応においをかいでみますが大丈夫そうなので食べます。非常においしいです。ドライバーがもう1個どうだというので、再度注文します。金は3人分私が払うのですが、、、。
アムダリアのほとりでトイレ休憩
ヒヴァが近づくにつれて、これまでの砂漠の風景に徐々に緑が混じってきます。それまで曇っていた空も晴れてきました。そうこうしているうちに川が見えてきます。「アム・ダリアだ」とドライバーが教えてくれます。昔、地理の授業でアムダリア、シルダリアの名前を習ったことがあります。ともにアラル海にそそぐ川なのですが、ソ連時代に綿花栽培のための灌漑に使用され、アラル海が干上がってしまったのを知るのは後のことです。ここでトイレ小休止です。アム・ダリアのほとりにWCと書かれた白い建物があるので、そこでするのかと思っていたら、駐車場の端で「ここからしよう」とのこと。ドライバーとその息子と私の3人で並んで用をたします。なぜあのトイレを使わないのかと聞くと、ドライバーがたいそうに顔をゆがめるので、あーそういうタイプのトイレね、、、、と理解しました。
ヒヴァに到着
以前に比べて道は良くなったというものの、7時間近くかけてヒヴァに到着しました。トルクメニスタンの国境はここからすぐ。首都タシュケントからは1000km、思えば遠くにきたもんだ、、、と思います。ドライバーはこれから息子にヒヴァの街を見せた後、今日中にブハラに戻るそう。ブハラに戻るのはおそらく真夜中になるでしょう。気を付けて帰ってください。
ホテルにチェックイン&お腹を壊す
ヒヴァでのホテルは「アルカンチ(アーカンチ)」です。ヒヴァの城壁の内側にある観光にはもってこいの立地です。ヒヴァでは1泊しかしないので、この立地は重要です。ホテルのスタッフはみな若いけれども英語の習得に熱心で、仕事の合間にインターネットで英語の問題集をやっていたりしています。私が通りかかったときも「グラマー(文法)は得意か?」と聞かれ、一緒に問題集を解いたりしました。
ホテルの部屋はシンプルだけれども清潔で広さも十分。一息ついて観光に繰り出す前にトイレ(大)に行ったら、なんとう○こが緑色だったのです。この時は、前日に野菜を食べすぎたからとか理由をつけて気を紛らわそうとしましたが、お腹を壊したことは間違いありません。原因はなんだかわかりませんが、下痢や腹痛などは(この時点では)まだないので、とりあえず手持ちの抗生剤を飲んで下痢止め(ストッパ)をポケットに入れて観光に繰り出します。が、この後、トイレのために、ホテルの人が心配するくらい何度も部屋に帰ってくることになります。
6目午後(ヒヴァ)
ヒヴァは二重の城壁の中にある街で、内側の城壁に囲まれたイチャン・カラが観光の中心です。イチャン・カラは400m×300m程度のエリアにハーンの宮殿跡やモスク、メドレセなどが詰め込まれ街全体が博物館となった都市で、世界文化遺産として登録されています。イチャン・カラ内部だけの観光であれば1日あれば十分な程度の広さです。
共通チケットを買って観光
イチャン・カラ内部を見て歩くには共通入場券を購入しなければならないので、チケット販売所があるらしいオタ・ダルヴァザ門(西門)に向かいます。ホテルの位置からはすぐの場所です。
オタ・ダルヴァザ門の内部にはお土産物屋が飲み物を売るスタンドが集まっていますが、門の外に出てみてもチケット窓口らしきところはありません。「?」と思いその辺の店の人に聞いてみると、露店のわきにどっかりと腰を下ろしているおばさまを指さし、「あの人から買え」とのこと。なんだかわからないままおばさまに声をかけると、「そうよ私が売ってるの」といったのかどうか、わははと笑いながら売ってくれました。
共通チケットには入場できる施設が列記してあって(読めないけど)、いちいちそこでサインをもらう仕組みになっていますが、ほとんどサインが埋まっていないのは、係の人がいない施設もあったりしたせいもありますが、このあとやってくる下痢の襲来のため、観光する気力を失っていたせいもあります。
ここからはしばらく(トイレのためにホテルに何度か戻りつつ)街を散策します。ここまでアジアイスラームの世界観にどっぷりと浸っていて、やや飽きてきた感じがあったのですが、ここにきてスターウォーズ的な世界観に放り込まれたような感じがして、気分が再び上がります(が、お腹の調子は下ったままです)。
夕食
イチャン・カラの内部ではレストランはそれほど選択肢がありません。またガイドブックに載っている店がなくなっていたりして、それなりに栄枯盛衰がある様子で比較的新しいと思われる店に入ってみました。ミルザ・ボシというホテルがやっているレストランみたいです。この時点ではまだ少し食欲がありましたが、念のため脂っこい肉類は避けておきます。
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